アメリカの大学で、中年の男が銃を乱射して、多数の死傷者を出す、
といった事件が発生したということであった。
犯人の男は韓国人であり、この事実は、アメリカで暮らす韓国人たちに
衝撃を与えるとともに、悲嘆にくれる事態にもなったのだ。
このような凶悪事件を、自分と同じ人間が外国で起こしたのだ、
ショックを受けて当然だろうし、肩身の狭さも感じるだろう。
アメリカで韓国人が銃を乱射したという事件を起こしたのは、
実は初めてのことではなく、過去にも一度あったのだ。
それだけに、余計にアメリカ人からすれば恐怖であり、
忌避すべき存在だ、となってしまうからである。
そんなわけで、アメリカ在住の韓国人からは、犯人を韓国の恥だ、
と非難し、自責するような反応も起きているのだが、
ちょっとおかしな反応として、アメリカでの生活によって
抑圧されたストレスがあったのだ、といった同情的なものや、
過去の事件と違い、今回の事件は人種に関係なく、
あくまでも犯人の個人的な動機からくるものだ、
といった自分たちを第三者としようとするものがあった。
もちろん、善良な韓国人には何の罪もないので、
犯人が邪悪だけだったのだが、もう少し申し訳なさそうにしても
いいのではないか、と思ってしまったのだ。